一級建築士事務所 アトリエキミの日記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

被災地にて。

4月23日、女川町へ向けて出発です。

午後8時半に札幌を出発し、まずは午前3時発のフェリーで函館から青森に行きます。
 

今回の被災地への支援には、僕一人で行く予定でしたが、

北海道で活躍されている石塚和彦先生をお誘いしました。

石塚先生は、快くご一緒してくださいました。ありがとうございます。心強かったです!

石塚先生は、僕が教員をさせていただいている北海道芸術専門学校でも、非常勤講師をされていて、

いつも親しくさせていただいています。


午前6時40分。

青森港到着です。
hisaiti2


青森港には、今年僕のクラスを卒業した須藤くんが会いに来てくれました!

須藤くんは地元の青森で、二級建築士を目指して頑張っているとのこと。
hisaiti
左から石塚先生、須藤くん、僕。

須藤くんとは朝マックをして、お別れしました。


ひたすら、東北自動車道を南下し・・・、
hisaiti3
あちこちのパーキングエリアで、被災支援車や自衛隊さんを見るようになりました。
hisaiti4
被災地に近づいたのが実感できます。

仙台近くで高速を降り、女川町へ向かいます。

このあたりでは、高速道路も亀裂やゆがみがあるため、50km規制になっています。


松島・塩竃を経由していきます。
hisaiti5
日本三景の松島も、津波の被害を受けました。一階部分は波を被ってしまったお土産屋さんが

もう、修復工事をはじめていました。

被害を受けた松島水族館も、この日からオープンしていて、観光客の方もたくさん来られていて、

復興へのパワーのすごさや支援するパワーに嬉しい驚きでした。


女川町と同じく、大変な被害を受けた塩竃町です。
hisaiti6
塩竃は、大きな工場もたくさん並ぶ港だったのですが、大きな被害を受けていて衝撃的です・・・。

塩竃の海沿いの町は、
18
このような光景が広く続き、まだ行方不明の方を探している様子が見られました。


女川町は津波で、すべてが跡形もない状態でした。
hisaiti7

13


まずは、港付近より少し高台にある半壊してしまった住宅などをまわり、

この状態で暮らしている方々に、お話をうかがったりしました。
hisaiti11

行政も業者さんも、みなさんが被害に合われているので、家の修理もできずに、

ご自分で応急処置をして、暮らされているとのこと。

全壊された方が入所されているため、避難所や仮設住宅にもなかなか入れないようで、

半壊しても自分の家なので、片づけをしたい思いもあるそうで、

危険な状態でも生活されています。


女川の町をまわった後は、避難所にもなっている女川第一小学校に行きました。
hisaiti8

20


ここでは、家が半壊したり地盤の傾きで家が曲がってしまったり、さきほどの写真のように、

危険な状態でも暮らされている方々の家の診断や相談を受ける集まりがあるのです。

福島県庁の方、女川町の役場の方と一緒に建築家として参加させていただきました。

そして、持ってきた支援物資もお渡し致しました。


同じく女川町の旭が丘集会所へもお伺いしました。
17
ここでも、支援物資をお渡しし、住宅診断と相談会をさせていただきました。

女川町で一緒だった役場の方は、たくさんの方の相談にのっていらっしゃいましたが、

ご自身もご自宅が全壊されているとのこと。

この度の地震の被害の大きさに、ただ衝撃を受けるばかりです・・・。

14

驚くのは、すぐに隣接している町ではもう復旧が進み、不自由のない暮らしができていること。

隣り同士の町で、あまりにも状況が異なっていることに、違和感のような感じがしました。


被災地の復興を心よりお祈り致します。

  1. 2011/05/02(月) 14:07:16|
  2. 未分類
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。